生産者について

はじめまして。鈴木香純です。

私たちのごまちゃんに興味をもってくださり、ありがとうございます。
私は、1994年に東京で生まれました。食や農に関心をもつようになったきっかけは、
高校時代に拒食症になったことです。自分に自信をもてず、ストレスも重なり、
のちに過食症も発症し、摂食障害に苦しみました。そのときに起きた体の不調をきっかけに、食生活を見直すよ うになったのです。そのうち、食べものをつくる側、つまり農業に興味がわきました。
そして、アルバイト先のオーガニックビュッフェレストラン「ぐるりごはん」(埼玉県・新所沢)の取引先の農家さんの元に1年間通い、畑のお手伝いをさせていただいたのです。すると楽しくなり、体調もよくなっていきました。
ちょうどその頃、レストランの経営者である弊社の社長から、
「長年、耕作していない土地が会社にあるから、自由に使ってみないか」と声をかけられました。
アルバイトと両立しながら栽培できる作物は何だろうと考える中で、行き着いたのが「ごま」です。

懸命に生きる「ごま」の願いを叶えたい。

私には、日本の食生活の基本である「ごはんとみそ汁」を中心とした和食の材料を、安心できる農作物や調味料でそろえたい。それらを全国に流通させたいという願いがあります。自分で栽培するなら、嗜好品ではなく、必需品をと考えました。ごまは、私たちにとって欠かせない食材でありながら、国産はわずか0.1%未満です。選別作業の大変さから、「やめたほうがいい」と周囲には反対されましたが、誰もやらないなら私がやる。社会に必要なことなら、大変でもやるべきだと思ったんです。実際に始めてみると大変で、投げ出しそうになったこともありました。でも、いろいろな方に助けられ、励まされ、2年目、3年目と栽培を続けることができています。選別の方法も、効率的にできるよう、試行錯誤しながら工夫を重ねてきました。 栽培を始めて、私が何よりも胸を打たれるのは、懸命に生きようとする、植物としてのごまの姿です。雨やヒョウに打たれて脇芽が裂けたり、倒れたりしてもあきらめず、起き上がって上に伸び、花を咲かせます。瀕死の状態にもかかわらず、最後に、サヤの中にしっかりとタネ(ごま)を残した姿を見たとき、私は、なぜ、これほど必死に生きようとするのかがわかりました。子孫を残し、命をつなぐために生きているんだと。だから必ず、そのタネをとって翌年にまきます。ごまの願いを叶えてあげなきゃ、と思うんです。

「いまこそ立ち上がれ、国産ごま!」を合言葉に。

ごまは暑さや乾燥を好むので、真夏の畑作業は楽ではありません。でも、ごまちゃんが喜んでいると思えば、暑さも和らぐ気がします。肥料も農薬も使わない自然栽培の金ごまは、根をしっかりと張り、自然の恵みのなかで自分の力で生きていきます。元気に育つごまちゃんは、本当にかわいいです。 一人でも多くの方に、ごまの魅力を知っていただき、ごまに関わる日本各地の皆さんと力を合わせて、国産ごまをどんどん広げていくのが私の夢であり、目標です。「いまこそ立ち上がれ、国産ごま!」を合言葉に、これからもがんばっていきます。

【プロフィール】
鈴木香純(すずき・かすみ)
有限会社 産直グループこだわり村 農業部門 日高圃場責任者。 1994年、東京都生まれ。2018年入社。2016年、アルバイト時代に会社所有の耕作放棄地で金ごまの自然栽培を開始。現在は埼玉県日高市を中心に、金ごまの生産および商品開発・販売に取り組んでいる。

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